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仙台市宮城野区付近から、なんてことも無い日常を綴ります。 食べること、飲むこと、生活することが大好きです。
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2013年08月03日 (土) | 編集 |
あじさい寺を見物に、早朝北山をブラブラした記事の続編です。
たくさんお寺や神社のある北山。自転車でちょっと巡っただけでも、いっぱい写真が撮れました。
シリーズで少しずつ紹介しています。

今日はその2回目。。



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仙台藩主 伊達政宗は、中国の五山をまねて、仙台に城を構えた際、ここ北山の丘陵に臨済宗の五山をおきました。
政宗のおいた臨済宗の五山とは、慈雲山資福禅寺・松蔭山光明禅寺・遠山覚範禅寺・當牛山満勝禅寺、そしてココ、無為山東昌禅寺です。



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参道の石段脇は赤松が立ち並んでいて、勇壮な感じです。

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石段を登りきったところに、お世辞にも豪華とは言えない山門が待っていました。


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境内に入って振り返ると、やっぱし随分アレですね・・・。

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寂れた山門(言っちゃったww)とはウラハラに、境内には立派なお堂が。。


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東昌禅寺は、もともとは弘安6年(1283年)、伊達政依が自らの菩提寺として福島県伊達郡桑折に創建したもの。
その後、米沢から岩出山と伊達家の推移とともに移り、慶長6年(1601年)に北山に移転しました。

1308kitayama007.jpg 
山門のすぐ脇に由緒有り気に墓石が立っていました。


「眼鏡家」だって。
 
megane.jpg眼鏡家イメージww
初めて聞く苗字です。今も有るのかな。。

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伊達政宗の時代(慶長6年・1601年)に北山へ移ったと言いましたが、この場所とは違うトコロに有りました。
青葉神社が境内の半分に移ってきたりと曲折を経て明治6年(1873年)に現在地に移動しましたが、明治9年(1876年)に火災で焼失し、この本堂は明治33年(1900年)に再建したものだそうです。





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東昌禅寺から少し西へ行きますと、青葉神社があります。


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伊達政宗の神格である武振彦命(たけふるひこのみこと)を祀る神社です。
元々は仙台城内にあったものが、明治7年(1874年)東昌禅寺の敷地西半分に造営・移転したものです。

今も行われている青葉祭りは、政宗の命日の5月24日・25日に行われていた春の例大祭がもととなっており、毎年5月の第三日曜日とその前日に行われています。。
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参道の石段の前に有るべき物が、有りません。


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大震災で石造りの大鳥居が倒壊し、参道脇に寂しく再建を待っていました。

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他にも石灯籠などが被害そのままに、物悲しく並んでいました。。


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石段を登ると、やはりお寺とは違う、厳粛な雰囲気。

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ココにも独眼竜が。。歴女とかも参拝するんでしょうかねww


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このお社の建物は昭和2年(1927年)に建てられたものだそうですが、なかなか風格が有って立派な佇まい。


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この拝殿の奥が、政宗公を祀る本殿。。ココからは見えないです。

1308kitayama019.jpg 

早朝から神職の方がおつとめをしていました。
やはり神社ってのは非日常を感じるスポットです。


1308kitayama020.jpg 


このシリーズ、あと1回分、写真のストックが有ります(笑)
お楽しみに~♪


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