仙台市宮城野区付近から、なんてことも無い日常を綴ります。 食べること、飲むこと、生活することが大好きです。
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2011年09月08日 (木) | 編集 |
今朝、FC2のブログサーバーのメンテナンスが有ったようで。
せっかく朝早く起きて書き終えたはらこめしの記事が、反映されずに消えちゃいました  なんて恐ろしい・・・ww
お蔭様で、すんげーブルーblue.jpg です。 (ちなみにコレはレイニーブルーww)
急遽、ある程度書いてあった記事を差し替えでアップします

明日は秋の味覚、はらこめしの記事を何としても載せるので期待しちゃってください!




仙台駅東口、新寺連坊などは、伊達の殿様が計画的に街並みを構築するなかで、お城から見て鬼門であった方向に、お寺さんを集めました。

殿様のおかげで、都心とは思えないような自然が、今でもしっかり残されています。


今日おじゃましたお寺はコチラ。

1108tousyuin001.jpg 
東秀院地図

曹洞宗のお寺。ちなみに隣の林松院(記事はコチラ)も曹洞宗です。
寛永2年(1625)の開山で、山号は永福山。



1108tousyuin002.jpg

蔵王町円田にある保昌寺の8世大和尚により開山されたお寺ということです。


1108tousyuin003.jpg
歴史を感じる趣のある山門。

土塀は幸いなことに被害が無い様子ですが、山門自体が危険なのか、つっかえ棒がして有ります。
これは入っても良いのかと迷いますが、ココは入らせてもらいましょう
 

1108tousyuin004.jpg
怖いので恐る恐る、でも急ぎ足で通らせてもらいます
なんだか「かごめかごめ」を思い出します。




1108tousyuin005.jpg
1708年に仙台城下に大火があり、新寺も東秀院を含め7つの寺院が焼失したのだそうです。
その後1859年に再建されたものが、現存する本堂だそうです。


1108tousyuin006.jpg

江戸の大火を経た平成時代、大震災を乗り越えたと、歴史が刻まれました。
ちなみに本堂の階段で、復旧作業の業者さんが昼寝中。カメラを構えるのがとても心苦しいです(笑)



1108tousyuin007.jpg
本堂も、隣の建物も大きな被害は無いように見えます。


1108tousyuin008.jpg

境内には墓地もありました。山門の補強や復旧の材木なんかが並んでいます。
怪しまれないようにさりげなくカメラを向けたり、気を使ったりしてww

1108tousyuin009.jpg
1859年、安政年間に焼失した本堂が復元されたのですが、当時の棟瓦が飾って有ります。
コレが落っこちてきたらたまったもんじゃないなとか考えちゃいます 


  
 

1108tousyuin010.jpg 

山門脇には、天保4年(1784年)に建立されたという天保の飢饉供養塔が有りました。

天保年間は米飢饉が何度も発生したようです。
丙申(天保7年)の大飢饉の際、仙台藩は天神(榴岡天満宮)下では若林区連坊にある金勝寺と、榴岡の徳泉寺粥小屋を設け、集まった流民に与えたそうです。(徳泉寺の記事はコチラ

供養塔の奥には、大林寺にも有った「白山妙理権現」をお祀りした小さい祠が立っていますね。(大林寺の記事はコチラ


1108tousyuin011.jpg 
平成4年(1993年)に建立されたという、まだ新しい仏舎利塔(パコダ)があります。

1108tousyuin012.jpg 
ちなみに仏舎利ってのはお釈迦さまの骨です
この仏舎利塔に納められた仏舎利は、ミャンマーのパゴダ内に安置されていたものの一部を、高さ約 5cmの水晶玉に安置したものだそうで、ミャンマー仏教会への協力に対する返礼として贈られたものだそうです。




イロイロと見どころの多い東秀院さんでした。。


1108tousyuin013.jpg 

永福山 東秀院(曹洞宗)



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