先日、嫁さん

が書棚やら机の整理をしていたら、こんなモノが出てきたと。
結構な厚さの小ぶりな封筒。。
1992年というから今からちょうど20年前。
河北新報の石巻専売所である小笠原新聞店が創業70周年を迎えたのを記念して作った絵はがきみたいです。
どのようにしてワタシ達夫婦のモトに有るのか、今となっては二人とも覚えていないのです。
(2、3日前の事も覚えていないのですけど

)
封筒の中には、ワタシの故郷 石巻の懐かしい光景が。
写真と、高校の美術の先生であったという浅井元義氏によるスケッチ画で描かれていました。
絵はがきは綺麗なまま。20枚有りました。
筆不精が幸いして、どぅも1枚も使われなかったようです。
川開きの花火。川開きはワタシの石巻自慢でした。
石巻を知らない人には、「石巻が川開きをやらないと北上川が海に注がないのだ」と自慢していました。
住吉公園。
一番上の兄がこの辺の新聞配達をやってて、小さい頃に何度か手伝ったのを覚えています。
日和山から望む日和大橋。
先月、ワタシが日和山から撮影した同じようなアングル。
今も桜は咲くのですが、後ろに広がる町は有りません。残酷な現実。
中瀬に有ったハリストス正教会堂。
破壊されましたが流失は免れ、復旧の計画が待たれているそうです。
日和山から内海橋の方向を見た景色。
昔栄えたこの辺りは、ワタシの子供の頃までは市の中心でした。
これも4月にワタシが撮った光景です。
船も建物も、空しく無くなりました。
工業港と十條製紙
日本製紙の工場は何とか再開したそうです。 今も昔も石巻の期待の星。
工業港から風吹くと臭いんだケド

、今は
石巻の人は、このケムリを見ると元気でる
と思いたい。
震災の中で亡くなった親戚の法事があり、東京から母が来ました。
仙石線が全線復旧していないので車で送りながら、震災被害の爪あとをイロイロと案内しました。
日和山へ上ってみました。
日和山は、市内中心部の旧北上川河口に位置する高さ約56メートルの丘陵地です。
かつて松尾芭蕉も訪れたこともあるこの日和山は、石巻市内を一望できる
絶景の場所。
眼下に流れる旧北上川の河口からは広く太平洋が広がり、
牡鹿半島や、遠く
松島などを望むことが出来ます。
皮肉なことに、ここからは石巻の甚大な被害の状況が一望できるので、テレビ局や観光客がよく訪れています。
ここからですと、ガレキの撤去が大分進んでいるように見えますが、実際現場に立ってみると、
建物の基礎や地下にめぐらした水道などの配管やメーターなどはまだそのままになっている場所が多いです。
ちょうど木の陰になっていますが、
西光寺の境内とお墓がポツンと、何も無い野原のようになった
門脇(かどのわき)に、シンボルのように残っています。
長年住んだ石巻の惨状を、高齢の母に見せるのはどうかとも思いましたが、まさか見ないで東京へ戻すことも有りえません。
「なんとしたぁ・・・。」と絶句しながら、テレビでも何度も映像が流れる石巻の惨状を携帯で撮っていました。
鹿嶋御子神社の境内。全国から復興応援の千羽鶴が届けられていました。
ホントならもぅすぐ
桜
が咲いて、花見で賑わう筈の日和山。
今年は寒い冬で、桜がだいぶ遅れそうです。
奥は川の上流、中瀬公園、住吉の方向。
中瀬に有った、石巻の誇る名所が全て失われました。(以前の記事は
コチラや
コチラをどうぞ)
明治18年(1880年)に建造され、現存する木造教会としては日本最古だった
旧石巻ハリストス正教会教会堂。
明治時代からの歴史を持つ老舗、
岡田劇場。
2001年にオープンし、石巻の今後の街づくりにも影響してきた
石ノ森萬画館。
対岸の渡波地区も被害が甚大です。
水産、造船など、街の主要産業が被災し、多くの人が職場を失っています。
ガレキの山ばかり、いろんなトコロに出来ています。ため息が出ます・・・。
これだけの被害から立ち直るには、国や県の施策や支援が必要だというのに。。。。
くされ大震災から3ヶ月経ちました。
我が家の中で一番ガチャガチャになったのは、食器棚を除くと
ワタシの書斎でした。(被害の模様は
コチラ)
余震が続いているので、CDもDVDも
ぱんだミュージアムのフィギアも並べてもまた崩れるような気がして、
復旧作業に手をつけていませんでした。
でも、いづまでも並べずにスーパーの袋の中に入れてちゃぁ、なんか
地震に負けてる気がして。
立ち向かうぜ!
んだがら、地震も原発ももぅ落ち着けっ!
せっかぐこんなに綺麗に並べだんだ。
あと、
楽天もなんとかして欲しいですネ!!!

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震災後、家族ははじめて来ることになった石巻。そしてワタシの父の墓のあるお寺。
仮設トイレがお出迎え。いつもと違う雰囲気を、こぱんだも感じています。
どこのお寺もそうですが、屋根の瓦が落下したり、落下しそうになってたりで瓦屋さんも大忙しです。
歴史ある石灯籠もこのとおり。
『灰頭土面
灰や塵埃を頭からかぶり 土を顔につけ 泥まみれになって 激甚震災の復興に努めましょう。
人は裸で生まれてきたのだから』
この春彼岸に、寄進により建てられたという立派な観音様が。
海からは結構距離のあるこのお寺にも、震災で亡くなった方の遺骨があるそうです。
今はお墓に埋葬することが出来ないので、お堂の中に安置してありました。
いたるところで、ワタシの小さい頃から見てきた立派なお墓の墓石が倒れていました。
この墓地は、子供の頃、私達の遊び場でした。
立派なお墓の裏に、泥団子を隠して置いたりしました。
父の本家の墓石、斜めに向いちゃってました。
嫁さんと動かそうとしましたが、ビクともしませんでした。。
父の墓のご近所さんがこんな事に。
ちゃんと墓石には芯が入って、転倒防止にはなっていたようですが・・・。
昔からの墓は、たいてい『稲井石』という地元の石材で出来た墓。
宮城県沖地震の後に建った墓はやはり強いようですが、こぅした年代モノは結構被害を受けていました。
さて。墓参りをしたら、すっかり日が斜めになりました。出来れば夕飯を買って帰りたいですネ

国道45号線沿い、赤井から矢本に向かう途中。大曲地区。
この辺も海が近く、被害の大きな地帯だと聞きました。
この信号はまだ動いてないので、警察官が手信号で誘導していました。
この信号のカーブの途中にあるのがコチラ
そこかしこに被災した跡が痛々しいですが、営業を再開してます!
まさかやってると思わないで来たので、ビックリです!
がおるな東北!(「へこたれるな」ぐらいの意)
店の座敷、半分だけ復旧して、ベニヤ板の壁を作ってアッチ側は仕切っちゃっていました。
メニュー。(クリックで拡大します)
石巻焼きそばの
お持ち帰りもいつも通り出来ました!嬉しい

三浦屋 元気に営業中!
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